飛べないから火にも入れない夏の虫

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  「トンボ達は、夜空、キミの来訪を歓迎し、賞賛している。彼らの隠れ家であるこの畦道は、拒絶の場であり同時にまだ見ぬ者を期待して存在しているからだ。よくここを見つけてくれた、と」 紅に輝く夕日色に染められてなお失われない夕空の白を、黒光りする金網が無遠慮に切り裂いている。 「この季節に泣き出す虫たちは皆、孤独に怯えている。地面から蛹から這い出して、ある者は羽を震わせてある者は、個体の命を担う臓物さえ震わせて泣いている。仲間がいるのかを確かめたくて、ただそれだけで」 僕は病棟の投射する陰の中にただ立ち尽くして、金網に触れる度に白く不思議な閃光を発する掠れた声音に耳を傾けていた。 「それは、……辛そうだ」 他人事とは思えない、程に。 「辛い。だからあんなにも大きな声で泣いている。呼び掛けている。何処にいる、何処にいるんだと、仲間の声を確かめたくて。でも、やがて結局は同じだということに気づく。自分と仲間の声で星空が埋め尽くされるようになっても、結局、世界に自分は、自分しかいない。そして、それに気付いた者から、死んでいく」 「それは、……切ない」 「切ない事は無い。それこそが星の意思であり、星の真理だから」  
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