飛べないから火にも入れない夏の虫

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  夕空は境界線の向こう側で、ゆったりと風に背を預けながら、語り続けた。消え入るように細く掠れた声は絹のような滑らかさで両耳から入り込んで、すぐに何処か遠くへ消えてしまう。 ジ、ジ、と、近くでセミが途切れ途切れに泣いた。病棟の壁に小さな黒い輪郭が浮いていた。森から飛び出して、帰る場所もわからずに、まるで、 「セミの声は、夜空の声に一番近い」 僕の声はあんなにしわがれて無い、なんて反論はできなかった。僕も似たような事を思ったから。 「彼らは地上に出た瞬間から、もう知っている。欠片も光の届かない地中で気の遠くなるような時間を孤独に生きるうちに、分かってしまう。最初から諦めているから、たった七日で死んでしまう」 するすると声が意識をすり抜けて、淡い残像だけを残して消える。 「他の虫たちが叶わない希望を歌う中で、彼らは絶望を歌っている。誰とも声を重ねる事が叶わない苦しみを、終わりが来るその瞬間まで」 じっと、二人で見つめ合ってしまう。光を一度も宿した事が無いような夕空の無機質な黒い瞳は、遥か遠くを見ているようでいて、僕だけを見ているようにも見えて。 どれだけ深く脳みそに刻み付けても、飽きることはなかった。   
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