飛べないから火にも入れない夏の虫

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  1. 土、日とアルバイトで時間を潰した僕は、次の日の月曜日、また学校へ登校するという高校生として当然の権利を行使した。 高校へ通うというのは義務ではなく権利だと、担任の倫理の授業で習った。だから当然、この権利を放棄する事だって原理的には可能なわけだけど、僕の場合、それを実行するには精神崩壊を覚悟しなくてはならない。 隣のクラスには不登校の女子生徒がいると噂で聞いた事があるけど、僕からしてみれば不登校を実行できる家庭環境が羨ましい限りと言える。 「あ……」 教室の手前で、礼羽さんとゆかなに出くわした。目と目が合って、短く声を上げたのは礼羽さんだ。すぐにゆかなが、礼羽さんの後ろ襟をむんずと掴む。 「あー! うー、うー!」 そのままずるずると、首根っこを噛まれた子猫みたいに無抵抗な礼羽さんが教室へと引きずり込まれる。そして、ピシャリ。引き戸が閉められた。どうせ僕がまた開けるんだから、そこまでしなくてもいいのに。 教室の引き戸にもう一度、余計な往復運動をお願いしてから、のそのそと自分の席に向かう。しもやんは窓際の方で篠崎たちと談笑に精を出している。教室の空気が妙に空々しいのは、きっと朝から気温が高いせいだろう。  
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