飛べないから火にも入れない夏の虫

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  結局、誰ひとりとも会話をせずに、学校での一日を終える。気だるい膝頭へ無理くり力を込めて自転車を漕ぐ。 一度も自分の声帯を震わせなかったのは、そう言えば高校生活では初めての事だ。中学の時はそれが日常だったのに、何でか今日は肺の底に煙草の火種みたいな毒が燻っていて、歩道に転がっていた大きなごみ袋を思いきり蹴飛ばしたくなる。誰だこんなところに捨てたのは。邪魔くさい。 僕はいったい、何がしたいのだろう。と、『(有)昇川プロパン』のどぎつい紫のビルに問い掛けて見る。黄色い日差しがくすんだ窓ガラスに反射して、僕の視神経が奇襲されるだけだった。目の裏に緑の筋が切れ込むように焼き付いて、廃れた宗願寺の門前町が引き裂かれた。 また、期待していたんだ。ゆかなの制止を押しきって、礼羽さんのスーパーボールが僕の視界を彩ってくれるんじゃないかなんて。 「くだらない……」 それは多分もう、この世界じゃない。僕自身があんまりくだらないから、世界がくだらなく見えるんだ。 「くだらない、くだらないくだらない……!!」 衝動のまま奇声を発して、膝頭へさらに力を込める。古い街並みがぐんぐん速度を上げて通りすぎる。帰る場所なんて無い。今日はバイトも無い。それなら、行く場所は一つしか無い。  
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