第一巻 不意にありくべからず

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物陰から姿を現したのは 平井先生だった。 「ええ 上出来よ、神様」 「青薙(アオナギ)と呼んでください 平井先生。」 「あら、青薙。あなたこそ。 私は先生であってそうじゃない、 って分かってる筈よね?」 「ですが、そのお姿の時は それでよろしいかと」 「それもそうね」 僕は平井先生に 疑問に思っていたことを尋ねた。 「ところで何故、撫子を平安に送ってほしいなどと?」 僕が尋ねると平井先生は 笑いながら 「ノリ、かしら」 「ノリ...ですか?」 そのような軽い感じで 事を運ぶような… 御方だったなこの人は。 「なーんて。冗談よ青薙」 なんだ、冗談か…。 冗談が冗談に聞こえなかった辺りが引っ掛かったが まぁ、よしとしておこう。 「本当はね、頼まれたのよ。」 「頼まれた?」 「晴明に、ね…。」 彼には借りがあるから 返してあげないと。 と平井先生は言う。 「晴明殿に?」 「えぇ私には無理そうだったから あの子に行ってもらったのよ」 「古典が大嫌いだと抜かしていた撫子なのにですか?」 僕は心底不思議な気持ちだった。 「あの子じゃなきゃ、 駄目なのよ…」 平井先生は 悲しそうな表情で続けた。 「晴明の願いを叶えられるのは 彼女だけなの。 たとえ、どんなにリスクがあったとしても、ね」 僕は何も言葉にすることが 出来なかった。 「帰ってきたら ノート提出してもらわなきゃね。」 きっと、私達の授業ノートより凄いのができるわよ、 と平井先生は 嬉しそうに言う。 そして、 「頼んだわよ、高坏さん……」 空を見上げている 平井先生の様子は 教え子の身を案じる教師 そのものでありました。 「それじゃあ私は、 仕事に戻るわね。」 教師って雑務が多いのよ、 と、ぼやきながら平井先生は お帰りになりました。 「お気を付けて。 ―出雲神様」 僕は静かに その後ろ姿を見ていた―
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