重なる笑顔

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図書室は図書室の独特の匂いがする。音楽室も独特な匂いがプンプンする。ま、俺だけかも知れないけど。 「にしても、よく鍵開いてたな…。」 音楽室は授業がある時以外の時間は鍵が閉まっているが、何故か開いていた。 音楽室でひときは目を引く大きな鍵盤楽器。 その椅子に腰を掛ける。 「ピアノか…。二年も引いてないな。あの時は色々あったしな…」 それは華やかしい過去。数々のコンクールで色々賞を取った。それも全部好きだった人を惹くための物だっけど…。 結果付き合うことが出来た。直ぐに別れは来たけど。 「久々に弾いてみるか……失礼しますよっと」 鍵盤に手をかける。 そのために想い人の事が頭の中でピアノの音でその影をちらつかせる。 弾くたびに、弾くたびに、その影は大きさを増し、更には聞こえない愛しき人の声まで、幻聴という名で聞こえてきる。 『雪弥くん』 ダァンッッ! 気付くと、額に、手に、背中に汗をかき、息切れをしていた。今まで美しい音を奏でていたピアノのは、不協和音を奏で静かにその音を沈めた。 「あ、あの」 ふと、声が聞こえて、声が聞こえた方に振り向く。 そこには昨日ぶつかった女が立っていた。 「何か用か?無いなら俺はもう行くから」 「大丈夫ですか?凄い汗ですけど…」 女は酷く心配した様子で聞いてくる。 「あぁ…。俺ってば、汗っかきだからな」 いかにも冗談のように答えているが、実際汗っかきだ。 だから嘘は言っていない。 「そ、そうですか……。あ、あのっ!名前…教えてください…」 質問に困ったのか焦りながら質問してきた。 「最初に名乗るときは自分から。これ常識」 「あ…すいません。私、清水美亜って言います」 その女──清水美亜は少し微笑みながら自分の名前を口にした。 「あのっ、貴方は?」 あぁ、次は俺が名乗らないと行けないのか…。 「田村広生です。宜しく」 俺は親友の名を恰かも自分の名かのように口にし、女を虜にする田村スマイルを決めて見せた。 きっと今の俺は、田村顔負けのスマイルで微笑んでいる……筈だと信じたい。
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