求婚

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あれから10年が過ぎる。 私も、この秋30になる。 待っていたわけではない。 結婚してもいいと思った相手がいたこともある。 責任ある仕事について、 がんばってしまう性格が災いして、もう29。 親しい友人たちも、多くは結婚した。 たまに会う彼とは、仕事の愚痴をこぼすばかりで、 色気のある話なんてでてきやしない。 けれど、出会ってから10数年も経つと、彼の魅力も増し、 二人で飲んでいると、かつてないトキメキを感じるようにさえなってきた。 彼が好きかも。 そう直感したのに何も踏み出せないでいる。 仕事と違って、がんばることが何もできない。 しかも約束のこと聞きたくても、 忘れているのが怖くて聞けないでいる。 今度の金曜日、久々に彼に会う。 彼は一ヶ月前に30になった。 今度こそ約束のこと、話に出そうって誓う。 大人っぽく、さりげなく。 とぼけられても、かわせるように。 そう心に決めて出かけて行った私。 「30歳のプレゼント」と渡したプレゼントは、 実は一ヶ月も悩んだもの。 じっくり考えて、暗記までした台詞を頭の中でリピートし、 いざ、切り出そうとしたとき、 目の前に私が惚れた、彼のマジな顔があった。 台詞が頭から飛んでいってしまうくらいにときめいた。 舞い上がるな私。 心臓とまれ。 鼓動、聞かれるぞ。 「お前、誕生日、いつ?」 「11月だけど…」 誕生日も知らないってのがショック。 落ちていく私。 落胆していく心…。 思わず目をふせてしまった。 「それじゃ、そろそろ結婚できるか」 え? 多分私、半分口のあいた間抜けな顔。 そんな顔で、顔を上げた。 目の前には、口の端を上げ、ひじをついて少し微笑む彼の顔があった。 その顔を少し傾け、私をすいこむまっすぐな瞳でこう聞いた。 「結婚する?」 覚えていた台詞がすべて頭の中から去っていた。 でもそんなことかまわない。 そんな小細工もう必要ないのだから。 「うん。する」 はたちの小娘みたいに、かくんと大きく頷いた私。 彼の大きな手は、素面で初めて私の肩を抱いた。 私はゆっくりと彼の肩にもたれかかる。 そうして、心地よい彼の腕の中で、私は幸せに包まれていくのを感じた。 あぁ、約束してて、ほんとによかった。
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