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朝起きたら、俺の喉から漏れるのは微かな吐息だけだった。
「っ……」
急いで洗面所まで走って、鏡に映る自分を確認してみるけど、昨日と何も変わりはない。
白湯を飲んで喉を温めてから再び声を出そうとする。
――― 出、ない。
口は動くのに、まるで声だけが奪われてしまったかのように。
何度か自分を落ち着かせるために深呼吸をしてから、震える手で携帯を開いた。
迷わずにアドレス帳の一番上にある電話番号を押す。
――後から冷静に考えてみたら、この時の俺はバカだったかもしれない。
声が出ないのに、なんでメールじゃなくて電話を選んだのだろう。
何度目かのコールの後、「もしもしー」と少し眠そうな声がした。
だけど、もちろん俺の喉は音を紡がない。
必死に声を出そうとするも、相手に伝わるのは息の音だけだった。
さすがに不審に思ったのか、相手―――彼の声はだんだんと固くなって、
「もしもし?もしもし、緋ちゃん?」と何度も俺を呼ぶ。
「緋ちゃんっ……!?どうしたの!聞こえないよっ…緋ちゃん!!」
声音から焦りが直に伝わってきて、すごく悲しかった。
一言でもいいから安心させる言葉を言ってあげたいのに、俺の喉はそれすらも許してくれなかった。
やがて、彼の声が止んだ時を見計らって、俺はトントントントン、と四回携帯の画面を叩いた。
『―― あ、い、た、い。』
俺の声なき声は、彼に届いたのだろうか。
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