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「次は玄関に移りましょう」
俄然、やる気満々な榎本さんの後をついて私たちは移動した。
「一ノ瀬さん、いま使っている玄関の鍵を貸して貰ってもいいですか?」
「あ…、はい。ちょっと待って下さいね」
紗英はリビングに戻ると、キーケースから玄関の鍵を取り出して榎本に手渡した。
彼はその鍵を暫く観察したのちドアを開いて、外側から鍵穴にソレを差し込み、施錠と解錠を繰り返すと、
「このアパートのシリンダー錠はロータリーシリンダー、つまり『ロータリーディスクタンブラー方式』と言って…」
もっと分かりやすいように説明して下さい。
そう言いたくて、私はワザと咳払いをした。
榎本は困惑した顔でこちらを見つめた後、続きを話し始めた。
「鍵穴は縦向きのものが多いんですが、このロータリーシリンダーというのは、鍵穴が横向きでW型をしてるんです」
「あ…、ホントだ!」
腰を屈めてよく見れば、鍵が横に差し込まれているではないか。
「ロータリーシリンダーは、鍵以外の道具では簡単に開ける事が出来ない。つまり、ピッキングによる不正解錠に強く作られているんです」
「それじゃあ、玄関の鍵は大丈夫って事ですよね!」
「いえ、そうとも限りません」
「どういうことですか?」
「…ひとつ欠点があって、合い鍵が簡単に作れてしまうんです。もし仮に、この鍵を一時的に持ち出されて複製されてしまったら、ドアがないのと同じことになります」
「………」
その言葉に私は黙り込んでしまった。
何故なら、不正解錠も難しいこの部屋に、ストーカーはどうやって盗聴器を仕掛けていったのだろうか。
それが出来る人物が居るとすれば、彼女と親しい者であることは間違いない。
「紗英、ここに引っ越してきてから、遊びに来た人とか覚えてる…?」
すると、彼女は小さく首を振って答えた。
「誰も…呼んだことないの。今日…、純子と榎本さんが初めてよ…」
震える声で、確かにそう彼女は言ったのだ。
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