32人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
その日は朝からどしゃぶりの雨が降っていた。
雨粒が激しくガラス窓を叩き、今にも割れそうなほど風が窓を揺らす。
季節外れの嵐といったところだろうか。
帰る頃には止むだろうか…。
そんな事を考えながら、今朝方届いたばかりの小さな包みを前に、僕は深呼吸をした。
とある名門の旧家で見付かった、歴史ある錠前を運良く譲って貰う事が出来たのだ。
素人がなかなか手に入れられる代物ではない。
宝箱を開けるようなドキドキ感と緊張感に、高鳴る胸を抑え切れなかった。
そして一気にガムテープを外しに掛かった、その時―。
“バタン”とドアを開く大きな音が、広い倉庫内に響き渡った。
一瞬、風でドアが壊れたのかと思い、手を止めて入り口へと視線を向ける。
そこには、雨風で乱れた髪を無造作に束ね、何故か片方のヒールを手に立ち尽くす女性の姿があった。
彼女の名は青砥純子。
芹沢総合法律事務所に勤める弁護士だ。
ここ最近、何かと関わりを持つ事が多い。
だからといって僕が呼んでいる訳ではなく、毎回彼女の方からやってくるのだ。
そう、まさに今日の嵐のように。
呆気にとられて動きを止めたままでいる僕をよそに、青砥は頬を膨らませ、此方に向かってツカツカと歩いてくる。
しかも、ぶつくさ文句を言いながら。
「ちょっと聞いて下さいよ!榎本さんっ!酷いんですよ!」
「……何が酷いんです?」
目の前にある楽しみを奪われ肩を落とし、渋々と宝物の入った段ボールを片付ける。
酷いのはどっちだ!と言いたかったが、生憎面倒な事が嫌いなので黙って青砥の話しを聞くことにした。
「今日、芹沢さんに頼まれて依頼人の所に行ったんです。そうしたら何て言われたと思います!?」
「さぁ…」
「今日は話したくないって、追い返されたんですよ!この天気の中、わたしがどれっだけ大変な思いをして行ったか分かります!?」
「さぁ…」
「外は嵐ですよ!?お気に入りの傘は強風で壊れるし、こないだ買ったばかりの靴のヒールは折れるし。あー…もう、誰に文句言ったらいいんですかぁー」
「さぁ…」
僕の返事が気に入らなかったのか、彼女は益々頬を膨らませ、どっかりと椅子に座ると机に顔を突っ伏した。
ヒールを直したら機嫌を直してくれるのだろうか?
最初のコメントを投稿しよう!