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榎本は、一息吐いてから説明を始めた。
「シリンダーローテーションというのは、入退去に際して、以前使っていたものや予備を含めたストックシリンダーを、任意に入れ替えていく方法です。少なくとも、前住人が侵入することは出来なくなります。でも、建物的には、いずれどこかの部屋で再利用される訳ですから、不正に合い鍵を所持した旧住人が、それを使って侵入する可能性がない訳ではない。防犯面から言って、お勧め出来る方法ではありませんね」
「…どうして、そんな事が言えるんです?」
里中が少し引きつった笑顔で訊ねた。
「青砥さんのお友達が引っ越してきた時期です。アパートに引っ越してきて一年半にしては、シリンダーに傷が多すぎるんです。それに、僕はセキュリティ会社の人間ですから」
大家である菅原のほうは諦めて開き直ったのか、ソファーに深く腰を沈めて煙草を吹かし始めた。
「…経費削減のためだよ。入退去の度に、いちいち新しいシリンダーを購入してたら金が掛かるだろ?だからだよ」
「分かります。もし、私が菅原さんと同じ立場だったら、同じように感じたと思います」
「だろ?さすが、弁護士先生は分かってくれるなぁ」
全然分からないわよ。
お金を理由に、大家であるにも関わらず、住人の安全を後回しにするなんて。
とは思っても、絶対に口には出さず、私はただ、ニッコリと笑ってみせた。
「…そういえば、つい最近、菅原さんのアパートの近くにあるマンションで、連続窃盗事件があったとか。たしか青砥さんの事務所に、住人の方が相談に来てると話してましたよね?」
榎本が話題を変えて、こちらを見る。
「あんまり詳しくはお話し出来ないんですが…。セキュリティ面に甘さがあったからだと、住人の方々から苦情が出てるんです。中には数百万もする装飾品を盗まれた方もいらっしゃって…」
突然の話に菅原はビックリしたのか、あやうく煙草を落としそうになり、慌てて灰皿に押し付けて消した。
そして、思いっきり身を乗り出して青砥を凝視した。
「…で、どうなってるんだい?」
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