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アパートから歩いて15分ほどの所に、私の大好きなカフェ、『アンジュ・ド・ボヌール』はあった。
レンガ造りの外壁に赤い屋根。
そして晴れた日には、小さなオープンテラス席が設けられるのだか、道を歩く人の視線を気にせずにお茶を楽しんでもらう為に、そのテラス席の全面は、木や季節の花で目隠しされていた。
石造りの階段を上がって、扉を開ければ、甘い香りが鼻をくすぐる。
「あら、紗英ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは。新作のケーキはありますか?」
顔馴染みの店長が、わざわざ店の奥から出て来て、声を掛けてくれた。
「今日は、お茶していく?」
「ううん。今日はお客さんが来るから、美味しいケーキでもと思って」
「あら、紗英ちゃんの彼氏とか?」
店長のイジワルな質問に、慌てて「違います」と否定する。
「セキュリティ会社の人です。いま、色々とお世話になってるんで、何かお礼がしたくて」
「なるほど。それでケーキを買いに来たって訳ね」
「はい」
ガラスケースの中に並ぶ、色とりどりのケーキを目の前にして、榎本さんはどんな味が好きなんだろう?と考える。
そもそも洋菓子が好きかどうかも分からない。
もしかしたら、和菓子の方が好きなんだろうか?
そんな事を考え倦ねている私を見て、店長が「ひらめいた!」と手を叩いた。
「だったら、プチケーキにして色んな味を持っていくってのはどう?」
「‥あ!それ、いいかも!そうします」
私は、全部味を変えてプチケーキを6つ、お店のロゴが入った、綺麗なデザインの箱に詰めて貰った。
会計を済ませると店長にお礼を言って、店を後にした。
ケーキが崩れないようにと、大切に箱が入った紙袋を抱えながら、ゆっくりした足取りでアパートへと戻る。
その道すがら、見たことのあるワゴン車が私を追い抜いて、少し先の路肩に止まった。
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