I trust him:一ノ瀬side

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そのワゴン車には、『東京総合セキュリティ』の文字がしっかりと描かれていた。 「もしかして…」 私が急ぎ足で車の側まで行くと、窓が開いた。 運転席に座っていたのは、黒縁メガメに会社のユニフォームを着た榎本だった。 「どうも。ちょうど、一ノ瀬さんのアパートに行く途中なので、乗っていきませんか?」 こちらが挨拶するより先に、榎本は会釈をして、ぎこちないながらも一生懸命に笑顔を作ろうとしていた。 「…いいんですか?」 「はい。ついでなんで、気にしないで下さい」 確かに、これから向かう先は一緒である。 「それじゃあ‥お言葉に甘えて。よろしくお願いします」 「いえ」 榎本さんの運転するワゴン車に乗ると、私はシートベルトをはめて、さっき買ったばかりのケーキを膝に乗せ、両手でしっかり紙袋を押さえた。 ゆっくりと車を出した榎本の横顔を、チラリと見やる。 「あの…、昨日お話しして下さった鍵の件なんですけど…。料金はどれくらい掛かりそうですか?」 「それだったら、心配しなくても大丈夫ですよ。全て大家さんが支払うと言ってましたから」 「え…?大家さんがって、どういう事ですか?」 全額自己負担だと思っていたので、榎本の予想外の言葉にビックリして聞き返した。 「どうせなら、アパートの全セキュリティを見直したいと、すべての部屋の鍵の付け替えを頼まれました。詳しいことは、青砥さんが話してくれると思いますよ」 「そうですか…」 確かに昨日、青砥と榎本は大家である菅原に会いに行くと、電話で話していた。 しかし、そこから先は、どんな話し合いをしたのかも、どんな決着がついたのかも、アパートの住人達は知らないのだ。 ただ、榎本の話しを聞く限りでは、住人達にとって有利に動いていることは間違いないだろう。
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