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そして私は、鍵の交換がタダになった経緯を純子から聞いて知った。
まさかシリンダーだけをみて、使い回していると見抜けるなんて、到底素人の人間に見抜ける訳がない。
さすが、大手セキュリティ会社の社員だけはある。
それも榎本だけは、ずば抜けて特別だと純子は言った。
『これで防犯は完璧になったも同然だから、あとは部屋を出てからの問題よねー‥。今のところは問題なさそう?』
「今日は午前中にちょっとだけ外出したけど、大丈夫だったし、そんなに心配しないでね。じゃないと純子が疲れちゃうわよ?」
『ありがとー。そんなこと言ってくれるのは紗英だけだよ。‥でも、何かあったら直ぐに連絡してね。私は弁護士である前に、紗英の友達なんだから』
「うん。こちらこそありがとう」
純子の優しさが嬉しかった。
「また落ち着いたら、お茶でもしようね」と、どちらかともなく約束すると電話を切った。
紙袋からケーキの入った箱を取り出して冷蔵庫にしまうと、部屋を換気するためにベランダに続く窓を開けた。
ふと、下を見下ろすと、榎本が脚立を担いでワゴンに運んでいるのが見えた。
しばらくすると、今度は小さな段ボールを積み重ねて戻ってくる。
その様子を見ているだけでも、私は楽しかった。
時計の針が、ちょうど午後4時を指した時、ドアのチャイムが鳴った。
玄関に向かうと、足音が聞こえたのだろう。
「すみません、お待たせしました。榎本です」
「ちょっと待って下さい。いま、開けますね」
開錠してドアを開ければ、工具箱と鞄を右手に持ち、左脇に小箱を抱えた榎本が立っていた。
「どうぞ、上がって下さい。何か持ちましょうか?」
「では、鞄だけお願いします。あとは鍵の交換に使うんで」
「分かりました」と、鞄を受け取れば、私はそれをソファーの上に置いた。
振り返れば、榎本さんは持ってきた工具箱を玄関に置いて、小箱の中から新しい鍵を取り出しているところだった。
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