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「そろそろ、約束の時間だ。依頼人を待たせるなんて、弁護士失格だぞー」
腕時計を見て時間を確認すれば、芹沢さんは書類やファイルを脇に抱えて、「お先にー」と、私の肩をポンと叩いて部屋を出て行く。
私も慌てて準備をし、芹沢さんを追い掛けた。
「で、どうすんの?これから。榎本に調べもの頼まれたんだろ?」
応接室に向かう途中、少し後ろを歩く私に、芹沢さんが話し掛けてきた。
「彼女の利用した引っ越し業者を調べて欲しいって言われました」
「その中に、例のストーカーがいるってか?」
「詳しい事はまだ聞いてないですけど、後でこっちに来るって言ってましたよ」
ふと、芹沢は足を止めて後ろを振り返ると、真剣な顔をして青砥を見た。
「あくまで俺の推理なんだがな、ストーカーは引っ越し業者の社員だな。だから、彼女の部屋も知っているし、盗聴器も難なく仕掛けられた。引っ越し業者です、って言えば怪しまれることないし、アパートにだって自由に出入り出来るって訳だ」
「…やっぱり、仲間に入りたかったんですね。芹沢さん」
「‥‥‥‥」
今までの饒舌ぶりは何処へやら。
水面に顔を覗かせた金魚のごとく、芹沢は何かを言いたげに口をパクパクさせたが、どうやら言葉に詰まって出て来ないらしい。
諦めたのか大きな溜め息を吐くと、再び歩き出す。
そして、応接室のドアの前で立ち止まると、私にこう言った。
「‥なんだか、今回も完全に巻き込まれてないか?」
元はといえば、先に榎本さんに頼んだのは私。
だけど、気付いてみれば、いつの間にか榎本さんのペースに巻き込まれていた。
「…密室事件じゃあ、ないですけどね」
私と芹沢さんは顔を見合わせて、肩を竦めた。
「よし、今日も頑張りますか!」
「はい!」
二人並んで襟を正すと、応接室のドアを開けた。
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