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最初に沈黙を破ったのは彼女だった。
「榎本さんの好みが分からなかったので、幾つか種類を買ってきたんですけど…、どれがいいですか?」
そう言って開かれた箱の中には、小さなケーキが6種類、綺麗に並んでいた。
色鮮やかなフルーツで飾り付けられたもの、シンプルだけど手の込んだもの。
僕はその中から、チョコレートケーキを選んだ。
チョコでコーティングされたケーキの上には、真っ赤なラズベリーと、金粉が乗っていた。
彼女はそれを丁寧に白い皿の上に移すと、僕の目の前に置く。
「どうぞ、食べて下さい」
「いただきます」
綺麗なケーキを崩さないように、端っこからフォークを入れて一口食べた。
舌の上でとろけるチョコは、甘過ぎず、少し洋酒の利いたほろ苦い味がした。
「美味しいです。なんていうケーキですか?」
「クラッシックショコラ、っていうケーキです。お店でも人気があって、売り切れの時もあるんですよ。今日は早めに行って正確でした」
話しを聞きながらケーキを堪能する僕を見て、彼女もまた、自分の皿に違う種類のそれを乗せる。
「…一ノ瀬さんは、何の仕事をされているんですか?」
一瞬、彼女は驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔に戻り、
「お花屋さん。フラワーショップで働いてます。母の趣味が、ガーデニングだったんです。だから、小さい頃から花に囲まれてるのが当たり前みたいになってて…。気付いたらこの職業に就いてました」
彼女の言葉に部屋の中を見回してみると、所々に花が飾られていた。
「榎本さんも、今のお仕事は長いんですか?」
「…そうですね。一ノ瀬さんと同じです」
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