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「時多さん…。どうして、それを私に…?」
自分が探偵だと名乗った時、彼は最初、本当の目的を隠した。
それなのに今は、絶対に漏らしてはいけないだろう、依頼人の情報まで教えてくれている。
「理由はひとつ。嘘をついてるのは君じゃなくて、俺の依頼人だって思ったから。『迷うくらいなら自分の直感を信じなさい』…ってね。瞳子さんの受け売りだけど」
瞳子さん…?
時多はイタズラっぽく笑うと、持っていた花束を指差した。
私はすぐ、その意味に気付いて笑い返した。
クルリと背中を向けた時多は、軽く手を挙げると、足早に店を立ち去った。
彼の背中が見えなくなると、私は店の中へと戻り、やりかけていたブーケ作りに取り掛かる。
『俺の依頼人は多分、あんたのストーカーだ』
時多の言った言葉が胸に引っかかり、妙にざわついた。
純子や榎本さんに知らせたほうがいいの?
ちゃんと確証が取れるまで、待ったほうがいいの?
考えれば考えるほど分からなくなる。
今は仕事に集中しなきゃ!
気持ちを切り替えるために大きな深呼吸をして、作業を再開した、その時。
「紗英!」
よく知った声に名前を呼ばれて顔を上げれば、そこには笑顔で手を振る純子がいた。
「久しぶり。元気そうで良かったぁー」
グレーのスーツをビシッと着こなした青砥の隣には、同じくスーツ姿の男性が立っていた。
私に気付いたその男性は、『どうも』と丁寧に頭を下げる。
そして、スーツの内ポケットから名刺を取り出す。
「はじめまして。アーバン・コミュニティーの里中といいます」
「あ…、一ノ瀬と言います。すみません。名刺を持ってなくて…」
「構いませんよ」
私が戸惑っていることに気付いた純子が、透かさずフォローをいれる。
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