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「里中さんは、物件管理のお仕事をしているの。この間、榎本さんと防犯の件で管理会社に行ったでしょ?その、担当者が里中さんだったのよ」
「大家である菅原さんとは長い付き合いなんですよ。先日、セキュリティ会社に頼んでおいた、防犯設備の工事が全部完了したと連絡が入って。それで今日、青砥さんに付き添って貰って見に行く途中なんです」
二人の説明に納得し、ようやくホッと胸を撫で下ろす。
「あれから、変わったことはない?」
純子がそっと聞いてくる。
私は小さく頷き、言葉の代わりに笑顔を返した。
「良かったぁー。あれから仕事が立て込んじゃって、なかなか連絡出来なくて気になってたの。ごめんね、紗英」
「ううん。こちらこそ、ありがとう。もう大丈夫よ」
青砥も安心したのか、自然と笑顔になる。
そして、青砥は愛用の腕時計をチラリと見て、申し訳なさそうに両手を合わせて、私に頭を下げた。
「今度、ちゃんと時間とるから。それじゃあ、またね」
青砥の隣にいた里中も丁寧に頭を下げる。
「あ…、純子」
背を向けて歩き出そうとした彼女を、咄嗟に呼び止めた。
青砥がクルッと、こちらを振り返る。
「…榎本さんに、よろしく伝えておいてくれるかな‥?」
「了解!」
そう言うと、青砥は、すっかり弁護士の顔へと戻り、里中を伴ってアパートへと向かった。
あの日以来、私は榎本さんと会っていなかった。
『いつでも遠慮なく電話して下さい』という彼の言葉に甘えて、何度か連絡しようと思った時もあった。
しかし、自分が深く関われば関わるほど、榎本を不可解な事件に巻き込んでいくような気がして、怖くて出来なかった。
何事も起こらなければいいが…。
そう願って、私は仕事へと戻った。
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