グストーブドリ伝記

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 ブドリは思わず近寄っておじぎをしました。 「そんならぼくを使ってくれませんか。」  すると二人は、ぎょっとしたように顔をあげて、あごに手をあててしばらくブドリを見ていましたが、赤ひげがにわかに笑い出しました。 「よしよし。お前に馬の指竿させとりを頼むからな。すぐおれについて行くんだ。それではまず、のるかそるか、秋まで見ててくれ。さあ行こう。ほんとに、ささげのつるでもいいから頼みたい時でな。」赤ひげは、ブドリとおじいさんにかわるがわる言いながら、さっさと先に立って歩きました。あとではおじいさんが、 「年寄りの言うこと聞かないで、いまに泣くんだな。」とつぶやきながら、しばらくこっちを見送っているようすでした。  それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへはいって馬を使って泥をかき回しました。一日ごとに桃いろのカードも緑のカードもだんだんつぶされて、泥沼に変わるのでした。馬はたびたびぴしゃっと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。一つの沼ばたけがすめばすぐ次の沼ばたけへはいるのでした。一日がとても長くて、しまいには歩いているのかどうかもわからなくなったり、泥が飴あめのような、水がスープのような気がしたりするのでした。風が何べんも吹いて来て、近くの泥水に魚のうろこのような波をたて、遠くの水をブリキいろにして行きました。そらでは、毎日甘くすっぱいような雲が、ゆっくりゆっくりながれていて、それがじつにうらやましそうに見えました。  こうして二十日はつかばかりたちますと、やっと沼ばたけはすっかりどろどろになりました。次の朝から主人はまるで気が立って、あちこちから集まって来た人たちといっしょに、その沼ばたけに緑いろの槍やりのようなオリザの苗をいちめん植えました。それが十日ばかりで済むと、今度はブドリたちを連れて、今まで手伝ってもらった人たちの家へ毎日働きにでかけました。それもやっと一まわり済むと、こんどはまたじぶんの沼ばたけへ戻って来て、毎日毎日草取りをはじめました。ブドリの主人の苗は大きくなってまるで黒いくらいなのに、となりの沼ばたけはぼんやりしたうすい緑いろでしたから、遠くから見ても、二人の沼ばたけははっきり境まで見わかりました。七日ばかりで草取りが済むとまたほかへ手伝いに行きました。
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