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「さぁ、できました。どうぞ飲んでみて下さい」
慣れた手つきで、マスターが私の目の前のカップに熱いコーヒーを注ぐ。
私は恐る恐る、その真っ黒な液体に口をつけた。
「いかがですか、りおさん?このコーヒーは僕にとって…、とても大きな賭けになるんです」
「…………」
私は目を閉じ、全神経を舌に集中させる。
マスターが、一から店をやり直すために作ったコーヒー。
新しい店の看板となるであろう、オリジナルのブレンドコーヒー。
この一杯の味が、客足を大きく左右する大事なコーヒー。
二口目。
「…………」
マスターが、期待の眼差しを私に向けてくる。
私は、答えあぐねた。
ひょっとしたら、マスターの人生さえ左右しかねないコーヒー。
下手な回答は、許されない。
三口目。
私の中で、結論は出た。
だがその結論を、目の前で微笑むマスターにどう伝えるべきか悩んだ。
ストレートに伝えたほうがいいのか。だがそれは、マスターの決意を削ぐことにならないか。
コーヒーのことを知らないど素人のくせにと、怒られないか…。
でも、
それでも―…、
「マスター」
私は、きっぱりと答えた。
「このコーヒー…、おいしいとは思いません」
一瞬、場の空気が凍りついた。いや案外、凍りついたのは私だけだったかもしれない。
私はなんて、空気の読めない回答をしてしまったのだろう。
さっきマスターも、このコーヒーが大きな賭けだと言ってたじゃないか。
ただ、「おいしいです」と無難に一言、答えておけばよかったんじゃないか―…。
でも私には、
マスターにとって重要なものであると分かっているからこそ、嘘はつけなかった。
そんな表面だけを取り繕った答えなどを返したら、それこそ失礼だと思った。
私は、きっぱりと答えた割にはそのあとしばらく、怖くてマスターの顔が見れなかった。
怒ってるかな…?
怒ってるよね、きっと…。
大事なコーヒーに、ケチつけたんだもん…。
「りおさん」
マスターに名前を呼ばれただけで、肩がビクリと小さく震えた。
だが、恐る恐る見上げたマスターは、拍子抜けするほどの満面の笑みで私にこう言ったのだ。
「合格です。ありがとう」
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