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◇◆◇◆
カランコロンと軽やかな音をひとつ鳴らして、頭上のベルが私の来店を店内に知らせる。
少し古ぼけた木製のドアは建て付けが悪いのか、三分の二ほど開いたところで鈍い音を立てて動きが止まってしまった。
他の喫茶店に入ればよかったかとその瞬間後悔したが、今さら開きかけたドアを閉じて去る訳にもいくまい。
初めて訪れた京都の街。ここを出たところでまた当てもなく歩き回るしかないのだ。
私はドアの残り三分の一を半ば力ずくでこじ開けると、意を決して店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
見ると、正面のカウンター越しにマスターと思しき男性が一人、何かを手帳に書き込みながら私に優しい微笑みを投げてきた。
見回す限り…、と言っても見回すほどの広さはなかったのだが、どうやらお客さんは他にいないらしい。
お好きな御席へどうぞというマスターの快活な声に従い、カウンターから最も離れた席に座ろうとした私に、彼は苦笑いしながらこう言ってきた。
「いや、何もそんな隅っこに座らなくてもいいじゃないですか。せっかくなんでこっちに来てくださいよ。ここ、クーラーの風が一番よく当たるんです」
あなたがお好きな御席へって言ったんじゃないの、などと心中では思いながらも、その申し出を頑として拒否するほど私は強くない。
それに実際、駅から数十分も炎天下の中を歩いてきたところだ。冷たいエアコンの風は確かにありがたかった。
促されるまま私はマスターの正面の席に座り、財布と化粧品しか入っていないセカンドバッグを隣の椅子の上に置いた。
「観光ですか?」
注文を聞かれるかと思って身構えていた私に、マスターはにこりと笑いながらそう問い掛ける。
近くで見ると、見た目ほど若いマスターではなさそうだ。三十代後半といったところだろうか。
ひょろりとした小柄な体躯に、真っ黒なエプロンがよく似合っていた。
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