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「あなたも、京都の方ではないですよね?」
店内に流れるフリージャズに耳を傾けながら、ちょうどコーヒーを飲み終えたタイミングでマスターが尋ねてきた。
「観光ではないってことは、最近この近くに引っ越してきたってところですか?」
「いえ、違うんです」
まただ。
軽く頷いて受け流せばいいのに、また否定してしまった。
それぐらい、重いのだ。
赤の他人との会話の中でさえ容易に受け流せないほど、私が京都に来た理由は「重い」のだ。
少し、話してみようか。
知らない人に話すことで、少しは気持ちが軽くなるだろうか。
馬鹿げた話だと、笑われるだろうか。
私の判断は、間違っているのだろうか。それとも―…
「私、ある人を追って京都に来たんです」
空になったコーヒーカップを両手で包み込むように弄びながら、私はぽつぽつと語り出した。
少しばかり長い話になったが、マスターは何も言わず、黙って最後まで聞いてくれた。
「なるほどね」
話し終えた私からコーヒーカップを受け取ると、マスターは少し困惑したような顔をした。
「その…、彼とはご結婚なさってたんですか?」
「いえ、入籍はしていませんでした。単なる同棲ですね」
会話の流れとはいえ、“単なる”などという言葉を当ててしまった自分に自己嫌悪する。
そんな言葉で括られるほど、私と彼との生活は決して安っぽいものではなかった筈なのに。
「詳しいご住所はわかってるんですか、彼の?」
「はい。調べました。それなりのお金は積みましたけど」
そこまでして…?という反応を、マスターが表情だけで返してくる。
やはり、私の決意は馬鹿げているのだろうか。
他人には、理解できないのだろうか―…。
「それであなたは…、彼に会ってどうするつもりなんですか?」
マスターのその一言に思わずハッとして顔を上げる。
そこなのだ。
そこだけは自分でもはっきりと決めかねたまま、私はこの京都まで―…、
彼の家の近くまで、来てしまったのだ。
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