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「そこまでは…、考えてません」
「そうですか」
正直な気持ちを吐露した私のその答えを、まるで見透かしてでもいたかのように淀みなく相槌を打つマスター。
「では、質問を変えましょうか。あなたは、彼にどうして欲しいんです?」
これは、先程の問いより遥かに答えやすい質問だった。
私は―…、
彼の本音を聞きたい。なぜ突然出て行ったのか知りたい。
縒りを戻して欲しいとまでは望んでいないつもりだけど…、
もう一度、もう一度だけでいいから、強く抱きしめて欲しい。
でないと私の心と体は、このままバラバラになってしまいそうだから。
「…………」
でも、
私はその願望のひとつ足りともマスターに伝えることができず、ただ黙って俯いていた。
「あなたの好きなようにすればいいんですよ」
私の沈黙を汲んで、マスターは静かにそう言った。
「会わずに一生後悔するぐらいなら、会って今だけ後悔したほうがいい…、んじゃ、ないかな?と思います」
マスターの答えはとても歯切れが悪かったが、見知らぬ土地で見知らぬ人に言われたその言葉は、私にとってはすごく励みになった。
「今から、行くんですか?」
「いえ、明後日の七日に行きます」
「七日…、七夕ですね」
私は頷いた。
七夕は、私と彼が出会った日。
こんな日に出会えるなんてロマンティックだねなんて、二人で笑い合ったあの日を思い出しながら。
出会えたことが奇跡なら、神様にもう一度、同じ日に奇跡を起こして欲しいなんて、
私はそんな都合のいい、子供じみたことを考えていたのだった。
「ごちそうさまでした」
私は席を立ち、マスターに背を向けた。
急ぎの用事などなかったが、ここにいると決意が揺らいでしまいそうな気がして、無性に怖かったのだ。
名前も知らない喫茶店の、名前も知らないマスターに心の中で感謝しつつ、私は慌ただしく店を後にした。
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