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やがて待たされることもなく、一杯のコーヒーが私の前に置かれた。
昨日と同じ味。
ほっとして、つい口元が緩む。
「やっぱりまだ、彼と会うつもりなんですか?」
唐突なマスターからの問いに戸惑いつつも、私は黙って小さく頷いた。
改めて聞かれると、なんだか自分が浅ましい存在のように思えてしまう。
きっとマスターからは、未練がましい嫌な女だと思われているだろう。
それでも私は、ここにきて今さら決心を変えるつもりはなかった。
それから私たちはどちらからともなく話題を変え、しばらくコーヒー談義に花を咲かせた。
コーヒーにまつわる蘊蓄や素人にはわからない市場の動向、マスターのコーヒー豆に対する細かなこだわりや焙煎のコツなど。
子供のように無邪気に微笑みながらマスターがしてくれたこれらの話は、時折よくわからない専門用語が出てくるものの、聞いていてとにかく飽きなかった。
私たちがおしゃべりしていた二時間ほどの間、年配の女性客がひとり現れたが、そちらの接客にマスターが手を取られてしまったほんのわずか数分間でさえ口惜しさを感じてしまったほどだ。
「ごちそうさまでした」
ひとしきり喋り終えた後、私は昨日の分と今日飲んだ二杯分のコーヒー、そしてフレンチトーストの代金をきちんと支払い、木製の古びた椅子をガタゴトと鳴らしつつゆっくりと立ち上がった。
「りおさん、」
マスターの視線と言葉が、踵を返した私の背中に投げ掛けられる。
「明日は…、何かご予定、あるんですか?」
「いえ、特にないですけど」
躊躇いも何もなく、私はほぼ即答した。
彼に会うこと以外、京都には何の用事もついでもない。
さっさと会いに行けば済むことなのだが、私が七夕にこだわるあまり、今はただ無駄な数日間が発生しているだけなのだ。
「では、明日も当店の売上に貢献してくださると大変喜ばしく思います」
まるで執事のようにうやうやしく頭を下げるマスターを見て、私はつい、噴き出してしまった。
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