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one
あの時、彼は電話で私になんと言ったのか。
『別に俺は、お前を必要としてないから』
いや、お前と一緒にいなくても別に平気だから、だったか。
あまりに唐突過ぎて、そこまでははっきりと覚えていない。
いずれにせよ、言葉の言い回しはともかく言われた内容にまったく変わりはなかったのだが。
彼から必要とされなくなった私はどうしていいかわからず、ただ日々を彷徨うように生きてきた。
未練、なのだろうか。
自分でもよくわからない。
私との生活に何か不満があったのなら、こうなってしまう前に教えて欲しかった。
電話での一方的な一言だけでいなくなってしまうなんて。
ねぇ、ずるいよ。そんなの。
いつ彼がふらりと帰ってきてもいいように、私はまだ、独り身には厳しい家賃を払いながらここにいるのに。
彼の下着もワイシャツも、きちんとタンスの奥に畳んでしまってあるのに。
口下手な彼が珍しく褒めてくれた、特製杏仁豆腐を作るための材料はいつだって冷蔵庫の中にあるのに―…。
彼が戻らないまま一年が過ぎ、
今年もやがて、暑い七月が来る。
一陣の南風が、
ホームで電車を待つ私のひそやかな決意を、
馬鹿だなと嘲笑うかのように吹いた。
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