第壱章 雷落とし

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 般若心経を唱える声。  ビクリッと肩が跳ね、思わず立ち止まる。声のした方――私から向かって右に、顔を向けた。  そこには、二十歳前半の男。  頭には青いタオルを巻いている。間から覗く黒髪はかなり癖っ毛。両耳には厳ついシルバーピアス。黒く大き過ぎる繋ぎ。上半身はチャックを開け、袖を通してない為、白い半袖姿だ。その半袖の袖は肩までたくしあげられており、手には軍手を嵌めている。  背は高め、180センチ近くはありそうな感じ。丸出しになっている腕の部分は、まるで格闘家の様な、無駄のない、引き締まった筋肉を帯びていた。  そして、短い数珠を左手に掛け、合掌。  薄目ながらも、矢尻の様に鋭く尖り、日光の様に燦然と光る眼差しが射す先は。  奇しくも、私と同じ――吊るされた女の所だった。 「――照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子」  気だるげながらも確り(シッカリ)とした通る声。体の芯まで響いてくる。尊さと言うよりも、一種の畏怖を感ぜられる不思議な音。  正直言って、そのいかにもな見た目には、到底似合わぬ行為。誰も想像しなさそうな光景だった。  だが、それよりも私は驚かされた。  彼には――あれが視えている? 「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色――」
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