彼女は「巨大化した」。

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 鍵を手にした緑山が体育館に向かった二分後、男子三人が高さ約一メートルの円柱の形をなすマットを持って帰ってきた。長身の緑山と筋肉質の柴田でさえ汗をかいているのだから、ヒョロヒョロの黄太が今にも死にそうだったのは言うまでもない。  持って来てくれたマットは全部で六枚。内訳は緑山二枚、柴田三枚、黄太一枚。これだけあれば大きくなったシュリの体の要所は隠せるだろう。  男子たちは再び回れ右。覗き防止の見張りは橙子ちゃんと藍場さんに任せてて、寺田先生は上級生の教室に行ってくれた。事情の説明のためだ。  よってシュリに話をするのは私の仕事となる。 「シュリ、落ち着いて聞いてくれ」  俯せだったシュリは顔を横に向けて私を見た。巨大化はもう止まって、大分楽になったらしい。私の身長ほどもある彼女の顔はいつも通りになっていた。 「うん。落ち着いてるよ……って、あれ? 百合、小さくなった?」  いつも通りのふわりとした口調で彼女は言う。不思議と声は変わっていない。 「あー……」  一方の私は言葉に詰まっていた。てっきりスロー再生したみたいな低い声になっていると覚悟していただけに肩透かしを喰らったような気分でもあったし、シュリの言うことに考えさせられもした。  ひょっとしたら、世界が彼女を残して縮んだのかもしれない。  頭を振って変な考えを振り切る。今は哲学の時間ではなくて、事実だけを言う時だ。悩んでいてもしょうがない。彼女が暴走しない事を祈って、私は宣言した。 「お前が大きくなったんだ」 「ほえ?」 「その……服が破れてるのに気づかないか?」  途端にシュリの顔から色が消えた。真っ黒な髪と対比するかのように表情から血の気が引いて、彼女の大きな手は胴体へと伸びていく。そこにあるはずの体操服の触感を求めて彷徨い続けた。  けれど無いものは無い。次の一言が彼女に聞こえなければ多分シュリは泣きわめいて暴走して、私は死ぬ。そうすればなおのことパニックが起こって、次に死ぬのは黄太だろう。だから私は大きく息を吸って、はっきりと言った。指の向いている方がマットではなく空だったら、宣誓みたいに聞こえたことだろう。 「だから服に代わるものを持って来た。これで隠すところを隠せば大丈夫だ。だから、な?」
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