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ここでもシュリの良さが出た。彼女はいかなる場合でも、状況を飲み込むまでは相手の言うことを聞いてくれる。
救いを求める人が怪しげな扇動者の言葉を信じるように、今回も表情と血色を失いながらこっくりこっくりと何度も彼女は頷いた。もっとも私だって、扇動者がいるならなにも考えずにそいつも従った事だろう。
「男子は見てないけど、速くした方がいい。どこで誰が見てるかわからない」
慌てて、彼女は起き上がった。彼女の体から砂粒がパラパラと落ちる。男子三人は皆反対側を向いていて、二年三年の教室はカーテンが閉まっているが、今の彼女はあまりに大きい。見上げる、いや、反り返る高さだ。
どこからでも、誰にでも見える。
彼女はいそいそとマットを体に巻き付ける。上に二枚使って、下に四枚。けれど身体に巻き付けた先からマットは重力に引かれて地面に落ちていく。無表情だったシュリの目が赤くなっていくの見て、何もしないような人間にはなりたくなかった。
「待ってろ、ガムテープを持って来る」
「あ、私行くよ。百合は側にいてあげな」
名乗り出たのは橙子ちゃんだった。名乗り出たというより走りだしたのほうが正確か。陸上部の彼女は言い終わる前に校舎に向かって駆け出していた。
*
橙子ちゃんが戻ってくるのには一分と掛からなかった。彼女が持って来てくれたガムテープで、私達はシュリの身体を覆うマット同士をつなぎ合わせる。その役目は勿論、私と 橙子ちゃんと藍場さんの女三人だ。シュリに立たれたままでは作業にならないから、シュリには寝転んでもらっている。
「くすぐったい……」
シュリにすれば「ぴくり」と身体が動いてしまうのだろうけど、私達にすれば「ズドン」だ。藍場さんが50センチくらい空を飛んだのを見て、本当にシュリは大きくなったんだと思い知らされて、悪い夢なんじゃないかと信じたかった。シュリにしたって、それは同じ事だった。
「危ないからじっとしてろ」
「大丈夫。怪我しないよぉ」
「危ないのは私達だ」
「あっ……そっか、ごめんね」
事態を飲み込めていない彼女のその言葉は、私にすれば痛々しい他なかった。掛ける言葉も見当たらず、ただただマットをガムテープで執拗に補強していく。そうしなければ「何がどうなってるんだ!」と怒鳴ってしまいそうで、頑丈に隙間を縫い合わせるようにガムテープを張り付けていくしかなかった。
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