彼女は「巨大化した」。

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 うだるような暑さとけたたましいセミの声、そして眼球を焼くような日差しが私を目覚めさせる。そこまでしなくても分かってるのに、世界は夏が来たと主張をしてくる。  体を起こし、時計を見る。まだ6時だった。  詰めて入れば10人は寝られるであろうベッドから下りて、寝間着を脱ごうとした時に、べっとりと汗をかいていることに気が付いた。知らないうちに悪夢でも見ていたのかもしれないと思いながら、手はベッドの脇に置かれた鈴に伸びる。  ちりりん、と涼しい音がなって間もなく、扉が3回ノックされる。私が「入って」という言ってから1秒、中年の落ち着いた使用人が入ってくる。水色のエプロンが見ていて涼しい。なんだって昨日まで黒色の服だったんだろうか。 「失礼いたします」  彼女は静かに頭を下げて、はっきりと尋ねてくる。馴れ馴れしくない、けれど慇懃無礼という訳でもないこの距離感が、私は好きだ。 「タオルを取ってきて」 「かしこまりました」  不要なやり取りは抜きにして使用人は扉を閉める。私はそれから今日の時間割を思い出す。……1時間目から体育だ。  プールならともかく、何もこんな暑い日にグラウンドで走ることはないと思うのだけど。残念ながら私たちは国が定めたカリキュラムをこなさないといつまでたっても子どものままだ。……願わくば子どものままでいたいけど、そうはいかないらしい。  こんこんこんと優しく扉がノックされる。「入って」という言葉から、さっきと全く同じ光景が繰り返される。タオルの手渡しだけが新しい。 「お待たせいたしました」 「ありがとう」  タオルを受けとって、服の中に突っ込んで身体を吹く。 「昨晩はよくお休みになられましたか?」 「少し暑かった」 「では、本日より冷房の温度を少し下げさせましょう」 「自分でやるよ、そのくらい」 「かしこまりました」と使用人は静かに言った。「あとお嬢様。今日は最高気温が30度を超えるそうです。体育の際など、脱水にはお気を付けください」 「うん」一通り身体を拭いて、タオルを返す。彼女は慣れた手つきで小さく折りたたみ、右腕にかけた。 「私は大丈夫だろうけど、シュリはどうかな」  ふと漏れた独り言は使用人に聞かれた。いつもは表情を崩さない彼女は少しだけ眉をしかめた。
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