彼女は「巨大化した」。

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 シュリというのは私の幼馴染で、一言で言えばどんくさい奴だった。それは「どんくさい」という言葉を知っている輩がシュリを見れば必ず出てくる言葉であるし、「どんくさい」という言葉を知らない人でもシュリを見ればその意味を理解することが出来るというほどに。  秋になれば買ってきた焼き芋で口をやけどして、冬は暖房の付け過ぎで暑さに倒れ、春は花粉症で調理実習を滅茶苦茶にしたかと思えば、夏は水を飲みに行く途中で脱水で倒れる。どうしようもなく間が悪くて、ともすればいじめられかねない女の子。 「お嬢様は」と使用人がやっと口を開いた。「どうしてあのシュリさんと、一緒にいられるのですか? 旦那様に付いて行けば、もっと聡明で、綺麗な方ともお知り合いになれるのではないですか」  愚問。まさしくその言葉だった。私はこの使用人との距離感は好きだ。けれど、こんな当たり前のことも理解できない彼女自身の事は、どうにも好きになれなかった。 「クビツェクがどうしてヒトラーを殺さなかったのか」 「は?」と使用人は首を傾げた。そんな使用人を見るのも嫌になって、私は背中を向けていった。 「友達だからさ」  言ってから、ヒトラーに例えるのは不適切だと思った。彼女は虐殺なんてしない。カブトムシに泣かされたことさえあるんだから。 *  過疎の一途をたどる私達の町、雨矢町。人間とスッポンならどちらが多いか一瞬迷ってしまうようなこの町にも多からず若者はいる、私もシュリもその一人だ。  私達の学校はと言えば、かつてはたくさんの子どもがいたのだろう、専有する土地そのものはかなり広く、校門だってレンガ造りの立派なものだ。けれど今、このレンガ造りの校門をくぐるのは三十二人しかいなくなってしまったのだ。教科書にも書いてあった通りだ。たけき者もつひには滅びぬ。  たった三十二名の学費でこの学校は経営が成り立っているのだろうか、と疑問に思う人は正しい。成り立たないから、来年には隣町の高校と合併されることが決まっている。ひとへに風の前の塵に同じ。 「百合ぃ、おっはよー」  その必衰の時代を生きる私の大事な友達の一人が、シュリだ。本名朱里(あかざと)(きよめ)。苗字の音読みで、いつからかシュリと呼ばれている。  ふんわりとした緩いくせ毛を肩まで伸ばして、月の上を歩いているかのようにふわん、ふわんと柔らかく歩くその姿が、彼女の性格をよく表している。その笑顔はきっと沢山の人に愛されて有象無象の悪意を、その名の通り浄めた事によって生み出されたに違いないと私は信じている。
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