彼女は「巨大化した」。

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「おはよう」と私が返すと、シュリはふわんと笑ってくれる。「ふわん」という言葉以外にこの微笑みを表現することが出来ないのは、本当に悔しい。それは柔らかくもあり、優しくもあり、図太さも持っている。他の色々な力も持っているように見えるけれど、総括して言うと「ふわん」なのだ。 「おはようお嬢様!」そしてこの時間にはもう一人、私の腐れ縁が現れるのだ。 「今日も朝から怖い顔だね! 世界が平和にならない事がそんなに腹立たしいのかい? 僕達高校生に出来る事なんか限られてるって言うのに、さすがお嬢様は意識が違うね」  この芝居がかかった大仰な物言いをするのはシュリと並ぶ私の幼馴染にして仇敵・坂本黄太(さかもとこうた)。植えてから15年くらいの桜の木みたいな細い身体の優男。きっと身体の全ての筋肉に送る栄養を脳味噌の、物事を大袈裟に表現する部分にのみ集中させてしまった男。 「そんなに怖い顔じゃない」  私がそう言うと黄太はとても楽しそうに笑うのだ。 「もちろんそんな事は分かってるさ。本当に怖い顔をしてる人に『怖い顔してますね』なんて、言える訳ないだろう。ねえ、シュリ?」 「うん、そうだね、こーちゃん」  シュリがこんな奴にも私と同じ笑顔を向けることは悔しいけれど、何より悔しいのは――――この悔しさは先の戦争で負けた時の愛国者のそれに匹敵すると思っているのだけど――この黄太は、きっと私の事を最も理解している人間という事だ。 「まったく一時間目から体育だなんて児童虐待もいいところだよね。夏の授業は水泳だって相場が決まってるだろうに、どうして校庭で運動をさせるのかね。うちの教員はサディストなのかマゾヒストなのかよく分からないな」 「何を言ってるのか私には分からんな」 「そうかい! この間の全国模試で有数の成績を叩き出したお嬢様の国語力をもってしても分からないとはね! 実は僕も自分で何を言ってるのか分からなくなってきたんだ」 「だろうな」  そんな私達のやり取りをみて、シュリは何も言わず、天使のような微笑みで私達を見守っていた。私達の不毛な言い合いが終わったころに彼女はゆっくりと口を開けて、まるで正義の女神のようになんらかの形で決着をつけるのだ。 「……今日の一時間目って体育だっけ?」
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