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「そうだよシュリ、今すぐ」
「体操服を取ってこい」
まだ間に合うからという言葉がスタートの拳銃だったかのようにシュリは踵を返して走り出した。ふわん、ふわんと柔らかく、それでもいつもよりはいくらか速く。
*
全校生徒三十二人の学校で、私のクラスの人数は7人だけだ。
私と黄太が教室に入れば日焼けが綺麗な橙子ちゃんがおはようと手をあげて大柄な柴田もおっすと視線を向けた。緑山は読んでいた本から目を離しておはようと言って、転校生(この田舎に転校してくるなんて、一体親は何をしている人なんだろう?)の藍場さんは目を合わせるだけ。暫く待っていたら体操服を抱えたシュリが転がり込んできて予鈴が響く。
担任の池尻先生が来てホームルームをして、更衣室に行って体操服に着替える。
「もうたくさん走ったよぉ」とシュリの泣き言を聞いて「嫌なら手を抜けばいいさ」と答えて、グラウンドに向かう。「お茶はあるか? 無かったら私のをあげるから、とにかく無理するなよ」
今日もまた平凡な一日が始まるのだと、疑いようのない日だった。
ただ、「うん」と答えたシュリは、いつに無く疲れているように見えた。
七人しかいないクラスだから、体育も男女合同。準備体操を終えて、ランニングにはいった時のシュリときたら、まるで老人の妖怪でも負ぶっているかのような表情だった。
「大丈夫か?」と私が訊くと、
「たぶん」とゆっくり答えはするものの、足取りはかなり重い。
おかしい、という言葉は頭の中でとどまっていた。体操服を取りに帰った分の疲れだけで、ここまで顔色は悪くなるだろうか。確かに体育は苦手だと公言していたけど、それでもこんなに悪い顔色を私は見たことが無い。
私が先生に頼んで休ませてもらおうと思ってシュリから目を離したその時、彼女は前のめりに倒れた。誰かが叫んだような声がしたけれど、誰の声かは分からない。それどころじゃなかった。
皆がシュリを囲んだ。私は彼女を仰向けにして、シュリの肩を抱くようにして声をかけた。
「シュリ!」さっきとは段違いの声量。
「あつい、あつい」シュリはそう繰り返すばかりだった。その言葉とは裏腹に汗の一滴も出してはいないが、辛そうなのに変わりはない。
「誰か、水持って来てくれ!」
私がそう叫んだのを合図にしたように、彼女は巨大化を始めたのだ。
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