彼女は「巨大化した」。

7/25
前へ
/176ページ
次へ
 黄太がいなければ、どうなっていたか。思えば思うほど、あいつの一言で私達の思考パターンは変わった。すなわち「何が起こっているのだ」から「何をすべきなのか」へと。  寺田先生は落ち着きを取り戻し、男子三人に向けて毅然と指示を飛ばした。 「体育館のマットを持って来なさい! 卒業式で使ったやつ!」  緑山は体育館の鍵を取りに行き、黄太と柴田は何も言わず体育館へ走った。――のだけど、黄太はもうへばっている。筋肉に栄養を送っていないあの青瓢箪が、長い距離を走れる訳がないのだ。 「あれで分かったかしら」  寺田先生は心配そうに呟いたけれどそれについては黄太がいれば大丈夫だ。あいつは中々機転が効くからセレモニー時に床が傷付かないようにする為の、灰緑色の物体の事だと理解しているはずだ。……柴田が先走っていなければ良いけれど。  そして男子が動いたなら、女子にもやる事がある。シュリの面倒だ。 「俯せになった方が良いよ」と、彼女に言ったのは藍場さんだった。  彼女の身体は、もはや人間のサイズを上回っている。全長は五メートルくらいありそうだが、巨大化が止まる気配はない。  両の眼は手の平よりも大きく、十本の指は鉄棒の支柱のように太くなり、息をする口は大型犬くらいならかみ砕くことだってできそう。そんなに大きくなったのだから――今なお巨大化は続いているけれど――勿論体操服は無惨に破れてしまった。そういう訳だから、その、何だ。後は皆まで言わせるな。 「なんでぇ……?」 「いいから」  シュリの良い所は素直な所だ。私が質問に答えなかったにも関わらず、シュリはごろん、と――正確には、ずずん、と寝返りをうった。  そしてもう一つの良い所は鈍い所だと言っておこう。服が破れた状態で地面に寝転んでいても違和感を覚えていないらしい。或いは、何も感じないほど辛いのだろうか。  もし彼女が繊細な女子だったら、ここで自身の異変に気付き、怪獣の如く暴れた事だろう。その結果、死人が出たかもしれない。さらに言うなら、死人になる第一候補は私だ。この距離ならシュリが身体を反転させるだけで、私は彼女の額に潰される。それほどまでにシュリの身体は大きくなっていた。  とりあえず、今死ぬ訳にはいかない。将来の夢など無い私がそう言い切れるのはつまり、その時の私にはシュリの行く末を見届けなければ、という変な使命感があった。
/176ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加