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やっとの思いで、僕は神社の境内に辿りつく。
祭りのざわめきも、ここまでは届かない。
湿っぽい木々の匂い。ざわざわと風が騒いだ。
奉納と書かれた大きな賽銭箱の上に、奴と、彼女が立っていた。
「待ちかねたぞ、少年」
奴は紅く隈どりされた狐面をかぶり、真っ黒な着流しを着ている。
その面の下では、人を舐めたような笑みを浮かべているのだろう。
相変わらず、嫌な野郎だ。
「別れの挨拶は手短に頼む。吾輩たちは時間がない」
「別れの挨拶をするのはお前の方だ。薫ちゃんを渡してとっとと失せろ」
僕は奴を睥睨し、咆哮した。
「ハハァ。あんなことをぬかしておるぞ。哀れな少年に、お前から引導を渡してやったらどうだね、薫」
彼女は淡い紫地に菖蒲の花を散らした浴衣を着ていた。
艶やかな黒髪を上の方で結って、ビイ玉のような簪で留めている。
「ごめんね、讃岐くん。私、このヒトと行くことにしたの」
感情の無い声で、彼女は淡々と言った。
彼女の瞳は僕を捉えてもいない。
「そんな、嘘だろ?薫ちゃん、君はそいつに操られているんだッ」
「世迷言を!妄想も大概にしたまえよ、少年」
「ふざけるなよ、キツネ野郎。お前が薫ちゃんをおかしくしたんだろう!」
「嗚呼、嗚呼、嘆かわしい!若人の蒙昧ほど見るに堪えないものはないな。少年よ、貴様には生涯理解できぬだろう。ここにいる薫の苦悩を!孤独を!」
「化物風情が知ったような口をきくな!」
僕は息巻き、賽銭箱に襲い掛かった。
その瞬間、足元の石畳がぐんにゃりと沈み、踏みだした足が気色の悪い音を立てて埋まった。
石畳が、まるで豆腐(木綿)のようにやわらかく変貌してしまったのだ。
僕は腰までつかりながら叫んだ。
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