第一回 お題「縁日」

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やっとの思いで、僕は神社の境内に辿りつく。 祭りのざわめきも、ここまでは届かない。 湿っぽい木々の匂い。ざわざわと風が騒いだ。 奉納と書かれた大きな賽銭箱の上に、奴と、彼女が立っていた。 「待ちかねたぞ、少年」 奴は紅く隈どりされた狐面をかぶり、真っ黒な着流しを着ている。 その面の下では、人を舐めたような笑みを浮かべているのだろう。 相変わらず、嫌な野郎だ。 「別れの挨拶は手短に頼む。吾輩たちは時間がない」 「別れの挨拶をするのはお前の方だ。薫ちゃんを渡してとっとと失せろ」 僕は奴を睥睨し、咆哮した。 「ハハァ。あんなことをぬかしておるぞ。哀れな少年に、お前から引導を渡してやったらどうだね、薫」 彼女は淡い紫地に菖蒲の花を散らした浴衣を着ていた。 艶やかな黒髪を上の方で結って、ビイ玉のような簪で留めている。 「ごめんね、讃岐くん。私、このヒトと行くことにしたの」 感情の無い声で、彼女は淡々と言った。 彼女の瞳は僕を捉えてもいない。 「そんな、嘘だろ?薫ちゃん、君はそいつに操られているんだッ」 「世迷言を!妄想も大概にしたまえよ、少年」 「ふざけるなよ、キツネ野郎。お前が薫ちゃんをおかしくしたんだろう!」 「嗚呼、嗚呼、嘆かわしい!若人の蒙昧ほど見るに堪えないものはないな。少年よ、貴様には生涯理解できぬだろう。ここにいる薫の苦悩を!孤独を!」 「化物風情が知ったような口をきくな!」 僕は息巻き、賽銭箱に襲い掛かった。 その瞬間、足元の石畳がぐんにゃりと沈み、踏みだした足が気色の悪い音を立てて埋まった。 石畳が、まるで豆腐(木綿)のようにやわらかく変貌してしまったのだ。 僕は腰までつかりながら叫んだ。
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