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「きううう!なんだこれは!おのれ妖怪変化ぇ…いますぐこの気色悪い術を解け!」
「珍妙な悲鳴だな、少年。残念ながらもう時がきてしまったのだよ。急がねば婚儀に間に合わぬ。少年と戯れている余裕は一秒たりともない」
奴は彼女の腰を抱き、鈴緒を握った。
「この鈴を鳴らせば冥界の扉が開く。薫と貴様は二度と逢えなくなるわけだ」
「やめろ、やめてくれ………」
「さささ、薫。そこの滑稽極まる阿呆に何ぞ声でもかけてやるとよい」
「さよなら、讃岐くん」
「待ってくれ、薫ちゃん。僕は、君を………」
「ふふふ。どこまでも愚かな奴。薫は吾輩を選んだのだ」
奴は大きく腕を振って鈴を打ち鳴らした。
がんらがんらと悪夢のように響き渡る鈴の音が嵐を呼び、凄まじい風が神社を吹き荒れる。
風は境内をかき混ぜるように全てを巻き込み、渦をつくった。
渦の中心にいる奴と薫ちゃんは浮き上がり、ゆっくりと天へ上昇していく。
「あ、あ、待って、薫ちゃん…………」
下半身を埋められた僕は上を見上げて必死に叫ぶけれど、風で全てがかき消されてしまう。
『ごめんね』
彼女の哀しげな声が耳元で聴こえた瞬間、僕の頬に何滴かの熱い雫が落ちた。
やがて二人の姿は虚空に消え去り、激烈な嵐も収束した。
豆腐のようだった地面も元の固さを取り戻し、僕の下半身はしっかりと石畳の上にあった。
神社は元の静けさを取り戻し、何事もなかったかのように佇んでいる。
遠くから露店のざわめきと祭囃子がかすかに聞こえた。
境内の前には僕一人だけ、残されている。
「僕は、君を、助けたかった………」
□
僕の夏は、ある手の届かない空間の中に永遠に封殺された。
失われた季節を懐かしむ老人のように、僕はあの馬鹿げた縁日の夜のことを思い出す。
何度も。何度も。
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