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戦場は、早速やってきた。
皆が寝静まった深夜、人知れず身震いする巨大鉄塔。
一基で日本全土を網羅できる程の出力を持つ六本の電波塔は、本当に動いているのか疑いたくなる程静かな音で、モーターを回し始めた。
午前二時のサイレン。
響くのは、選ばれた者の夢の中。
それまで繰り広げられていた目眩く幻想世界は色褪せ、虫食いになった夢は現実の一部を飲み込みだす。
配達員から配達された《戦争の手引き》なるものにも、小学生相手のような但し書きがある。
「戦争前は早めに寝ておきましょう。脳が休みなく働くことになり、危険です」
さて、何故俺が素面でサイレンを聞き逃したのか?
そう、あのおガキ様のお陰である。
祖父お気に入りの品であるというDVDを見たいという彼女の可愛らしいお願いを聞けぬ大人が幾人いることか!
しかも、DVDプレイヤーすら自分で用意してきたのだ。これでは、断ろうにも断れない。
小さな背が、迷いなくコードを接続する傍ら、やっぱり寂しいんだよなぁ、小学生だしと少し落ち込む。そだよ、こいつ、母親とも祖父母とも別れて、こんな何処の馬の骨とも解らない他人の所に一人放り出されてんだよ、可哀相に。
あの変人教授が、どんなアニメを用意してやったのかワクワクしていると、何と重度の医療物であった。こんなもん、日常的に見せられてる小学生って一体……。
「で、つい寝るのが遅れてしまった、と……」
「…………すんません」
消え入るように呟いた俺に、腕を組み、仁王立ちしていた男が心底呆れたようにため息をついた。
目に付くのは、羽織ったコートと戦時中よろしく丸眼鏡。
「だって、地味に面白いんですよ。ちゃんと人間ドラマにもなってて」
「何話まで見たんですか」
「十話くらい……」
「馬鹿じゃないですか! 一話一時間として、十時間? 子供は! そんな時間までたたき起こしていたと?」
「いや……そういえば、いつの間にか寝てたと……」
仕切りに馬鹿を繰り返される流れに辟易しながら、取り敢えず今は打たれるに任せる。
それにしても、よく考えて見れば、何と手のかからない子だったのだろう。
監視員と言われた男は、黒い一枚コートをバサバサとはためかせながら、甲高い囀りを繰り返した。
馬鹿じゃないんですか、馬鹿じゃないんですか、馬鹿じゃないんですか、
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