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俺に赤紙が届いたのは、毎度おなじみになりはじめた、はた迷惑な姉貴が、見知らぬ子供を置いて行った、その夜のことだった。
五畳二間のアパートも、深夜二時ともなると流石にひっそりと静まり返る。
隣の自称シンガーソングライターも、発情期の猫すらも、今日は絶えて久しい。
恐らく、明かりをつけているのも、俺くらいのものだろう。
静寂は嫌いではない。
騒がしい兄姉に揉まれて育った手前、とにかく一人の時間が欲しい苦学生時代を過ごしたためか、寧ろ好きの部類に入る。
「本当に赤いわけじゃないんですねぇ」
ひんやりとした空気に己の声がよく通った。
目の前の黒ずくめがヒクリと反応した。
「赤紙……ですか」
分厚いレンズに歪められた瞳がゆっくりと開く。
「赤紙というのは俗称でありまして、本来の名称は『夢中軍備参加申立て書』と申します。旧日本軍の召集礼状との連想からきたものと思われますが、前者が強制だったのに対し、現代のそれは、完全な自由参加となっております」
「自由……自由ねぇ」
一人ごちた。
残念ながら、この紙切れに選択の自由なんて存在しない。
そりゃあ国としては、公に認めてはいるのだろうが、世論がそれを許さない。
反戦を唄う活動家に同調して、参加を拒否した先輩は、教授に散々叩かれて、ボロボロになって退学していった。
そこまでやるかとも心が痛んだが、まぁ反対する方がどうかしているという周りの意見にも賛同できた。
別に、不利益もなにもないんだから、と。
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