第1回 お題 「縁日」

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突然雨が降り出して、濃紺の浴衣も結い上げた髪もみるみるうちに濡れていく。 ほとんどの人は傘を差したり、屋根のある場所に駆け込んでいく。 身体がどんどん冷えていくのに、私だけが動き出せない。 震えているのが寒さからなのか、悲しみからなのか、判別できない。 髪を伝って、いくつもの水滴が頬を濡らす。 不意に衝撃があって、私は息が苦しくなる。 もうすっかり覚えてしまった香りが私を包む。 視線を落としたら、私を苦しめる大きな腕が、私を抱きしめてた。 後ろを振り向いたら息を切らしたショウがいた。 「な、んで?」 うまく声にできなくて、口にできたのはそれだけ。 「マユ、泣き虫だから泣いてるかもしれないと思って」 「バっカじゃないの!」 嬉しい気持ちと、でもショウは絶対に実家に帰らなきゃいけない事実と、両方が私に突きつけられて、涙が止まらない。 そんな私をクルリと回して、ショウは真正面から少しかがんで私の目を覗き込む。 「マユ、泣かないで。」 優しいショウの目が、言葉が、こんなにも愛しいからこそ、失われるものだと思い出して悲しくて仕方なくなる。 「一緒に福岡に来てほしい」 耳を疑った。 だって私たちはまだ付き合って半年しか経ってない。 「マユを泣かせたくない。マユを守りたい。マユと一緒に笑いたい。マユとずっと一緒にいたい!」 ショウの目がすべてを吹き飛ばした。 私もショウと一緒にいたい。 ショウと一緒に笑いたい。 「結婚してください!」 「うん、結婚しよう、ショウ」 ショウがそれこそ満面の笑みで喜ぶから、私も笑ってた。 気付いたら、雨が止んでいた。 一緒に苺飴とイカ焼きを買って、並んで歩いた。 「ショウ、苺飴、食べる?」 「いらない!!」 二人で笑った、ずっとずっと前の東京の縁日。 今年は可愛い小さな小さな女の子と三人で、苺飴と綿飴とイカ焼きで笑う、福岡の縁日。
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