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何も知らない者が聞けば、なにがなんだかさっぱりわからない内容の話だ。
しかし青年は、理解したようにうなづき、床に(といっても青年も部屋の中で浮いている)先程ポーチから取り出したチョークで何やら描き始めた。
何万回もの練習の成果か、淀みない動きだ。最初は円を二重に描いたかと思うと、円と円の間に文字を書き、最後は真ん中に五芒星が描かれ、“魔法円”は完成した。
魔法円とは、魔術を行う際に、祭壇に使う場所、床に描く、円と文字等を使った図式の事である。この魔法円の中心には、その魔術の用途に応じ、ほぼ必ず芒星を描く。芒星にはそれぞれ固有の意味があり、引き出す力の質も形態も異なってくるのだ。芒星を描かなければ、召喚する精霊、もしくは悪魔を象徴する紋章が描かれたりする。よく、こういった儀式に使う図式を、一般では魔方陣と呼びがちだが、それは間違いだ。魔方陣とは、アブラカタブラや、セフィロトの樹と呼ばれる図の事を指す。これらは、それ自体に意味、力が備わっているものだが、魔法円には、それ自体に意味があるものがない。ただ円を描いただけでは、意味をなさない。儀式に応じて内容を変えねばならぬのだ。
青年は、その五芒星の中心に石器を置くとすっくと立ち上がり、手に持った本を開いた。テーブルの三人はその様子をじっと見つめている。青年はそれに気づいたか、一瞬苦そうな顔をした。
(あんまジロジロ見るなよ、やりづれぇ…)
そんな風に思いそうになったが、すぐ頭をふり、雑念を打ち消した。術式中に入る雑念は、魔術を失敗足らしめる最大の要因だからである。
青年は本と石器に集中した。
「……」
無言の空間。喋る者は誰一人としていない。異様な緊張感が四人を襲う。
「我は告ぐ!」
突如青年が叫んだ。あまりに唐突だが、テーブルの三人は瞬き一つしない。
青年の詠唱は続く。
「柱よ、今宵の敵は汝なり、柱よ、今宵の味方は汝なり。我にうつりし英霊よ、来たまえ、シヴァの名のもとに、我の敵には破壊を、我の味方には創造を与えたまえ!」
青年の声は、先程とは打って変わってよく響いた。魔力のこもった声は、よく通る鈴の音のようだ。
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