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「……さようならだ」
満月が厚い雲に覆われて、暗闇のヴェールは嘲笑うかの如く世界を飲み込んで眠る。何かが地面に落ちる音を聞き取ると、その声の主から溜め息が一つ溢れた。静寂の中に響き渡るその溜め息には疲労感が満ちており、澄み渡る氷よりも冷たい。
張りつめた空気を打ち破るかのように乾いた拍手が響き渡った。闇に染まり上がった雲が満月から離れ、地面に光が注がれる。
対峙するのは少年と少女。どちらも幼いわけではないが、大人と言うには些か若い。少年の手に握られた刀は血にまみれて、紅い雫が地面へと滴り落ちていた。少女がうっすらと微笑を湛えながら、少年へと視線を送る。その背後には地面に平伏したまま、動かぬ男がいた。
「人光碧(イルミネイト・ブルー)の制作者が、この様か」
「……この人は技術を盗んだんだろ。だから僕らに依頼が来たんだ」
少女は肩につくかつかないか程の長さで切り揃えた銀髪を耳にかけると満面の笑みを少年へと向けた。少女の紅い瞳が瞼に隠されるのを見て、少年は呆れたと言わんばかりに溜め息を再び漏らす。癖のある少年の茶髪がふわりと風に揺れた。赤みを帯びたその髪は月明かりを帯びて淡く光を放つ。
「ふふ、どうやらラシカは何もわかっていないようだな。純粋な真実ほど歪みやすいものだ。不純だらけの虚偽は最も強固なのだよ」
そう言って笑い声を漏らす少女の瞳が少年の蒼い眼を射抜いた。
「……ふうん?」
天上から注がれる冷ややかな色味の青白い光が二人を囲う。吹き荒れる風が光を追い払い、闇を呼んでいた。少女は風を纏いながら不釣り合いな程の柔らかさを滲ませて微笑む。
「依頼者の能力は素晴らしい。そもそもイルミネイト・ブルーは依頼者の能力から生み出されたものだ」
「……一般には知らされない事実、か」
「ラシカ。イルミネイト・ブルーがどんなものか覚えているか?」
白紙のタロットカードを一枚取り出して少女は口角を吊り上げた。月が再び隠されて、カードは闇色に染まり上がる。闇を招き、満足した風は穏やかに吹き抜けた。
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