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「分かったよ。じゃあな」
片桐に追い出される形で小林は鞄を手に持って廊下に出た。
吹奏楽や文芸部、部活動が終わった生徒たちも下校する時間帯で、すれ違う何人かの生徒たち(特に女子生徒)にあいさつをされながら、職員用職員昇降口手前の曲がり角まで来ると奇妙な場面に出くわすことになる。
パンを咥えた可愛らしい少女が、曲がり角で何かのタイミングを計っているのだ。
小林はその姿を見てなんとなく少女のやろうとしていることが分かった。
((パンを咥えて曲がり角で運命的な出会い?))
今時少女漫画でも珍しい場面に出くわした小林は、パンを咥える少女へ近づく。
「やあ、随分少女漫画チックなことをしているね」
「ひょわっ!?」
突然後ろから声をかけたせいか少女は驚いて咥えていたパンを落としてしまった。
一瞬少女の全ての動きが止まり、落としたパンを見た瞬間には目尻に涙を溜め始める。
涙を見て慌てる小林。
「ご、ごめん!! とりあえず落ち着いて!! 僕が新しいパン買ってあげるから!!」
パンを台無しにしてしまったことについて謝罪を試みるものの少女は泣きやまない。
涙目の生徒を前にあたふたとする小林だったが、「違う」と言って少女は首を振った。
「じ、実はここで先生にパンを咥えてぶつかって来いってお願いされて」
「うんうん」
「それで、ぶつかる前に先生に見つかっちゃったから」
「あ、ぶつかる相手って僕だったの?」
「……はい」
((これは意外なチャンスを逃してしまったぞ))
実は自分が雷仁高校の女子生徒にかなり人気があることを知らない小林は本気でそんなことを考える。
童顔にクリッとした大きな瞳、小柄な身長と全体の雰囲気とが相まって無性に守ってあげたくなるような可愛さのある少女だったからだ。
「って待てよ? 誰かに頼まれたって言ったね? 誰に頼まれたんだい? あれ?」
少女はパンを置き去りにして、いつの間にかいなくなっていた。
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