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“あのシャンデリア、
太ったガラスの
蜘蛛のようだね。
いつかするすると
降りてきて、
蝶のように美しい君を
捕らえて食べてしまうよ”
――そう云ったのは、幼なじみの少年だったでしょうか?
真珠の光沢のような光がこぼれ落ちて、私の髪の上を滑りました。こめかみを流れる一房が蜘蛛の糸のように細く白い糸を曳いて、少年の唇と繋がっています。彼の柔らかい体毛が私の肌をくすぐって、まるで毛深い蜘蛛の脚です。
ねえ、あの薔薇。
私は少年の腕の中で無邪気に微笑んでいます。水晶のように透明な純粋さが胸の内を弾んでいました。
素敵ね、どこで摘んできたの?
私の指差す方角へ彼の視線が辿り着くと、恋する少年の瞳に嫉妬の炎が閃きました。
少年の手が読みかけの小説を引ったくるように掴みました。小説がページを叩きながらテーブルから落ちて、薔薇の花だけ彼の手に握られています。そしていきなりそれを振り上げたかと思うと、私を打ったのです。
何度も、何度も、私は打たれました。無数の赤い線が縦に横に斜めに躰中を駆け巡り、赤く染まってゆく私は恐怖で叫びましたが、少年はやめません。
薔薇の茎に生えた棘は私の皮膚を切り裂くだけでなく、心まで引き裂いてゆきました。怒り狂った少年が花弁を引きちぎって私の口の中に押し込んでも、もう私は何も感じません。
薔薇の鞭を受けながら、眼を閉じて、花びらを頬張ると、不思議な光景が浮かびました。
“ガラスの蜘蛛に捕食される君はさしずめ薔薇の蝶さ”
透き通った蜘蛛はプリズムの光を放ち、薔薇の花でできた蝶を頭からムシャムシャと食べてゆくのです。
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