逆初七日

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 だが、どうしても思い出せない。なぜ事故に遭ったのかはっきりと思い出せない。車のハンドル操作を誤り、転倒した車から這い出た事により、辛うじてこの場にうつ伏せでいるが、思い浮かんでくるのは、あの一瞬の運転操作のことばかりが繰り返される。その映像以外の記憶が湧いて来ない。記憶の欠片がバラバラのままで繋がるような気がしない。ましてや一体自分が誰なのかすら、解らなくなりつつあるようにも思われた。でもどうして……。車から這い出る時、シートベルトを外す行為もモタツキも記憶が無かった。シートベルトはいつも装着している。なのに何故、衝撃をもろに受けたのだ。不自然だ。  ――気が遠くなる。いけない! まだだ。解っていても、ここで目を瞑ってはいけない。気をしっかりと持たないと。  ――どれくらい経過しただろうか。既に夕刻だろうか、或いは雨雲のせいなのか、正確な時間は判らないが辺りは薄暗い。余裕と言う言葉など全く無い筈だが、男はそんな風に時間の経過を感覚的に受け止めた。  無意識に浮かぶ事は、何よりも真っ先に助けを呼ばなければ……、と。  這い出て直ぐに有りっ丈の気力で状況を判断した。人間本来持ち合わせている生きる為の本能、湧き出る願い生欲だが、すぐに無駄な事と悟った。それはどう考えても周りの状況からして誰も居ないし、車がまるで通らない。ましてやこんな人通りのない山伝いの道路にいったい誰が来てくれるのだろうか? 手を差し伸べてくれる 人物などまるで皆無だ。断片的な意識の中で気力を振り絞って足掻いたが、今更助かる可能性ない。  朦朧とし、挙句の果て脳裏に浮かんだのが、『絶望的』だと。  その諦めの瞬間にすり替わり浮かんだ事。――そうか、これは神の判断か悪魔の悪戯だ。自分が過去に何か起こした過ちの報いかもしれない。そうに違いない。この事故で死に行く成り行きと運命を傍で神は見下ろしているのかもしれない。或いはガードレールを支えるポールの上に立つ悪魔の下卑たる薄ら笑い、腕を組みその指先で顎をシャクリ、頷いているのかも知れない。意識と無意識の思考が瞬間に交錯するとき、現実ともつかない恐怖の中、そんな事が瞬時に浮かび上がる。
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