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――景色が歪み、膨張するように浮かんできた。目を瞑ると暗いのではなく、真の暗闇へとじわじわと後頭部の奥深く沈み込み、朦朧として奈落の暗黒へと落ちていきそうになって来た。はあ、はあ、苦しい。呼吸が浅く 息苦しいのは胸を強打したのだろう。肺が逝かれているのかも知れない。
駄目だ。しっかりしなければ――。自分に言い聞かせる。
かぶりを振る事が出来ず、目を瞬かせて爆ぜる雨粒に抵抗する。
死へ誘われるかもしれない焦りとじわじわと時間だけが過ぎていく。無駄な抵抗を止め、潔く自分の運命を受け止め、過去の記憶を思い起こす事に意識を逸らしたほうが良いのか、今がその瞬間なのだと。生を受け、私に与え続けた灯火も時間も消えていく前に……。人間、終焉を迎えるときが本当の人生を省みる時なのだ。そんな事を想起する時なのだと。諦めの気持ちで深く目を瞑り、可能な限り人生を想い出そうとしていた。
だが今更、記憶も減った暮れもない。自分自身すら解らないほど記憶を破壊されている私は既に審判は下され、贖うのみだ。まさに懺悔を請う時間は迫っているに違いない。
「ゲホっ」突如、目の前のアスファルトが赤黒く変色した。吐血している。何度か咽るとせり上がってくる大量の血を吐き出した。胸部以外にも腹部、両腕、両足等、ありとあらゆる躰全身到る所まで遣られているようだ。この状態だと内臓のどこか逝かれているようだ。その意味する事、それは瀕死の重傷だと受け止めねば。――もう、本当に駄目では、『絶望的』。そう、やはり今の私にはとても似合っている。奥歯を噛み、締めその言葉を受け止めるしかない。
精一杯の力を籠めて首を持ち上げると苦しく笑った。天へ向って叩き付ける雨に抵抗するのではなく、どうしょうも無く歯を喰いしばって笑った。
――だが、声は出なかった。歯痒い顔して心で笑った。自分を愚弄し罵るように嘲笑う。
もうどうでもよくなり地べたに擦り付けるようにうつ伏せ、アスファルトに身を放つ。そこからは全身に宿る生命の懇願も気力も放棄し、黒いアスファルトに身を放ち、私は神か悪魔の思惑どおり絶望という言葉を受け入れる。
目をゆっくりと閉じる。はあ、はあ、と息苦しく、死に対して抗う荒れた気持ちだったが穏やかになりつつ、意識が薄れ、耳鳴りがし、気が遠くなる。
風が吹き荒ぶ。雨に交じる風が遠くで吹いている。
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