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「お継母さんが帰ってくるまで、ちょっとこの辺歩かない?」  例の腕時計型装置を頂戴し、声を弾ませながら、私たちは継母の家を出た。  今までの緊張が嘘のように溶けていく。  爽やかな大気に深く口づけしながら、私は和ちゃんを散歩に誘った。 「つい今まで泣きそうな顔してたくせに、楽しそうだな」 「奈月が安全だと分かったもの。胸が軽くなったら、急にこの辺が懐かしくなってきたわ」  私は浮かれていた。  ふわふわと樫の木の下に行き、幹にそっと手を当てる。 「この木も、私の記憶にある通りだし」  当然だ。  私は今、自分が継母に拾われた時代に遡ってきているのだから。 「お継母さんが帰ってきたら、ちゃんと『親です』って名乗り出て、奈月を返してもらうわ。私が本当の親に迎えに来てもらえなかった分、精一杯奈月には伝えたい」  愛してるから戻っておいで……って。 「伝わるかねぇ」  和ちゃんのからかうような物言いにカチンときた私は、すかさず跳ね返した。 「伝わるわよ。子供って親の愛情に敏感なんだから」  だけど私は、はたと思った。  継母が散歩に連れ出したのは、やっぱり奈月だった。  しかし、奈月を返してもらえば事が丸く収まり万々歳かというと、否ではないのか?  継母に拾われたはずの私がどこにもいないからである。  奈月が拾われたのは、私が拾われた時刻と重なっているはずだ。  どう頭を捻っても、赤ちゃんは、奈月と私の二人いないとおかしい。  幼い私は今、たまたま託児所にでも預けられているだけなのだろうか。  でも奈月は「ななちゃん」と継母に呼ばれていた。  本当は私が「ななちゃん」と呼ばれているはずなのに。
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