--5--

3/8
前へ
/23ページ
次へ
 樫独特の滑らかな肌触りを手に感じたまま、私は唇を噛んで一切の動作を中断した。  和ちゃんが隣で何か言っている。  けど、私の頭は、その言葉に耳を傾けるだけの余裕を持たなかった。 「おい、なな子ってば」 「ちょっと話しかけないで」  うるさい和ちゃんをぴしっと黙らせる。  言い方がきつかったかなと反省する。でもリアクションに出す心のゆとりはなかった。 「笑ったかと思うと深刻な顔して、分からない奴だな」  今、私の心は完全に異次元を旅している。  思案は、奈月が継母に拾われ、なな子(私)として成長するのではないか、というとんでもない結論にぶつかっていた。  最初は、奈月が継母に拾われたため、なな子は別の人に拾われたという可能性を考えた。  この説を認めると、歴史が変わってしまったことになる。  歴史に因果律がはたらいていることは、既に実験でも証明されている。  例えば未来の人が過去に行って、書物に名が載るとする。  だからといって、そこで途端に歴史が変わるわけではない。  その人が生まれる前から、既に「成されたこと」として書物には名が残っているのである。  同じように、私がこの家で育ったのは曲げられない事実だった。  天地がひっくり返ろうが太陽が爆発しようが、継母の話に偽りがない限り、私は継母に拾われ育てられたのである。  つまり、なな子が別の人に拾われたという説は正しくない。 「ねえ和ちゃん」 「ん?」  私は更に恐ろしい結末に気づき、戦慄した。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加