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「歴史なんか変えてやるわ!」
私は和ちゃんの束縛からするりと逃れた。
距離を取って対峙する。
「ばかなことを言うものじゃない。歴史は変わらない!」
「分かってるわよ。そんなこと!」
実験では、私たちが過去で何をしても歴史は変わらない、と既に証明されている。
私たちは、むろんその法則を知っている。
「分かってる……」
でも、私の生活は奈月なしでは考えられなかった。
頭で割り切れる問題ではないのだ。
ここで奈月を諦めたら、きっと私は壊れる。
しわくちゃで小さな奈月が生まれて、この子大丈夫かなと危惧している間にどんどん大きくなって。
「あうあうあー」といったおしゃべりも増えて、ハイハイもするようになった。
奈月に縛られてうっとおしいと思うことも多々あるけど。
いなくなればいいのにと思うこともあるけど。
本当にいなくなったら、と考えるのは恐怖だ。
急に涙腺が緩くなって、私は素早く地面に視線を落とした。
水滴が静かにこぼれる。とめられない。
心なしか、和ちゃんの口調が囁くように優しくなった。
「仮に、奈月を連れ帰ることに成功したとする。しかし、今のなな子はいないことになるかもしれないんだぞ……」
「奈月を失うよりはいいもの」
本音だった。
私は手の甲で想いを拭った。
甲が、雨に遭ったかのようにびしょ濡れになった。
反対の手でハンカチを探す。
普段着で飛び出してきたものだから、あいにく持ち合わせていなかった。
ほら、と和ちゃんがハンカチを出してくれる。
和ちゃんは、私の手の甲と顔の雨を拭ってくれた。
「和ちゃん、帰って。一人でやるから」
奈月を連れ帰ろうとしたら、私という存在は消滅するかもしれない。
そんな危険なことに、私のわがままで和ちゃんを引っ張り込むことはできなかった。
かといって、私自身引く気にはなれない。
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