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マンションの中から周辺にも足を伸ばし、和ちゃんと一緒に日が沈むまで奈月を捜した。
最悪の事態を頭の隅で考えては打ち消す。
マンションの一室である我が家は、ドアも窓も鍵が掛かっていた。
その中で奈月はいなくなったのだった。
だけど、生後八ヶ月の奈月は、鍵を開けるどころかドアの開閉すらできない。
ましてエレベータで下に降り、外に出るとは考えにくい。
「…最悪の事態を想定するしかなさそう……」
鋭利な月が昇る薄墨の空をバックに、私は肩で息をしながら、恐る恐る和ちゃんを見上げた。
和ちゃんの広い額には、汗がうっすらと滲んでいた。
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「……奈月、チップの設定いじってないよな」
「あんな細かいスイッチ、奈月にはまだ押せないわよ」
時空間移転制御装置のチップは腕時計型にしてある。
当然ボタンは細かいし、誤作動防止のため設定をロックしてあるから、簡単に設定を変えることはできない。
むしろ、奈月が間違って呑み込んでいないかどうかが心配だった。
この前テレビで見た「異物が喉に! 母親気づかず赤ちゃん窒息死」というワイドショーの画面が、頭の中で何度もフラッシュバックする。
私は身震いした。
「なな子、捜しに行くぞ」
時空間移転制御装置は全部で五個造った。
まだ四個ある。
「そうね」
私たちはマンションに戻り、時計型の制御装置を腕にはめた。
チップの設定は時間と空間の座標で表す。
ちょっとした遊び心で、座標は二十五年前の正午、場所は継母の家の玄関前にしてあった。
五個ともだ。
この座標は、継母が家の玄関で私を拾い上げる瞬間だった。
奈月と同時に到着するだろうから、すかさずあの子を捕まえればいい。
実験を繰り返したときと同じ、体が浮くような感覚。
時代逆流の瞬間を肌が感じる。
かつて、何人もの同僚が時間に呑まれ、帰ってこなかった。
私は和ちゃんの温かい腕に抱きついた。
万が一、失敗してはぐれたりしないように。
小型化した時空間移転制御装置。
完成後の実験飛行は、とんだ初飛行になった。
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