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N子は招き猫の「ま」の字も言わなかった。
あの巨大招き猫は、ひょっとしたら本当に私にしか見えていないのかもしれなかった。
だとしたら、尚更尋ねてみるわけにはいかない。
頭のおかしい奴だと敬遠されるのがオチだからだ。
「授業始めるぞー」
そのうち先生が教室に入ってきた。
長机や椅子が潰れているのは皆分かっているらしい。
きちんと避けて席につく。
授業は平和に進行していった。
招き猫の後ろに座っている学生は、上半身をくねらせたり立ったりしてノートを取っている。
前のホワイトポードが見えなくて四苦八苦しているようだった。
先生は「ポードが見えないなら、前の空いている席に座りなさい」と言った。
そこに障害物があるということを、皆は認知しているようだ。
でも「それは巨大招き猫です」とは誰も言わない。
私は自分の席から、ちらちらと招き猫を窺い見上げた。
穏やかな猫顔は、ぱっちりと目を開けて、相変わらず教室の入口を見定めている。
うんともすんとも言わず、ただひたすら、おいでおいでポーズをして固まっている。
私にはこんなにもはっきり巨大招き猫が見える。
やっぱり目がおかしいのだろうか。
自分の視力に自信がなくなりそうだった。
自分の見たものでさえ、疑ってしまうなんて。
「これは幻だ」
次には招き猫が消えていることを祈りながら、私はぎゅっと目をつむった。
それでも招き猫は消えない。
やっぱり柱のように天井と床に突き刺さっている。
向こう側の席で、私と同じように招き猫を見上げているN子がいた。
以心伝心したのか、N子と視線が合った。
彼女はにこっと笑って下を向き、ノートにペンを走らせ始める。
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