虚水(うつろみず)

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 その男はいつもその場所にいた。  ___砂利で敷き詰められた足場からずっと先にそびえる岬の中心部に、大きくぽっかりと開いた穴。  侵食で出来たものではないであろう、かと言って人工的と言うのはあまりに不自然な場所にある  その穴の全容は肉眼では把握出来ない。  丁度あの時、わたしは双眼鏡とデジタルカメラを手にしていた。  周りの風景から気に入ったものをクロッキー帳に速写したり、狭いフレーム内に収めたり…  虚ろな表情な時もあれば、とても生き生きとした表情の時もある人間の顔と同じ様に、  季節や環境で様々な一面をありのままに見せる自然の景色を観る事。それが数少ないわたしの趣向だ。    長く続く梅雨の日の明け方。  霧がうっすらと篭った空気の中、わたしはパークアベニューに設けられた橋の麓から運河を見渡していた。  周囲はまだ薄暗く、夏の暑さと雨の瑞々しさが入り混じった生暖かい風が全身にジメジメとした熱気を被せる。  フードを脱いだ上半身だけのレインコートに、膝下までのカーゴパンツ、踵を保護するサンダル。  出掛け方にポツポツと力無く振っていた小雨も止み、蒸れる体を空気に浸そうとするも束の間、  またじきに降ってきそうな気配がしたためにその場は仕方なく留める事にした。
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